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2010/09/28

口蹄疫・マスコミ報道他 9/26(日)~9/27(月)

家畜17万頭冥福祈る 「新生」誓い合同慰霊祭 (宮日2010年9月26日付)


 口蹄疫の感染が集中し、約17万頭の牛や豚が殺処分された川南町は25日、合同慰霊祭・畜産復興大会を町文化ホールなどで開いた。町や県関係者、畜産農家ら約500人が出席。家畜の冥福を祈るとともに全国からの支援に感謝し、「新生川南」の創造に向けて気持ちを新たにした。

 同町はこの日に合わせ、町運動公園内「ふれあい広場」に、畜魂慰霊碑と「心を合わせ前進していく」などと刻まれた石板を建立しており、合同慰霊祭は慰霊碑前で開催。JA尾鈴繁殖牛部会の江藤和利部会長が「尊い命に報いるため、全国で最も安全安心な産地づくりを約束する」と追悼の言葉を述べ、出席者一人一人が献花し深い祈りをささげた。

 この後、町文化ホールで復興大会を開き、会場入り口には県内外から寄せられた千羽鶴や激励のメッセージを掲示。多くの支援に内野宮正英町長は「深く感謝し町民一丸となって頑張らなければいけない」とあいさつ。小中学生が口蹄疫の体験談を発表し、牛と豚の生産者代表が「誇れる畜産の町に」「新生養豚を成す」などと決意表明した。

 防疫作業に貢献した町内の団体に感謝状が贈られ、JA尾鈴青年部川南支部の柳川勝志支部長が「新生!かわみなみの畜産」と題し、「疾病に強い畜産業」「地域に愛される農場づくり」「高品質で信頼の産地」を柱とした新たな取り組みを宣言。出席者は拍手で決議し、実現を誓い合った。


毎月20日「一斉消毒の日」 来月から
(宮日2010年9月27日付)

 県は口蹄疫1例目を確認した4月20日に合わせ、毎月20日を「県内一斉消毒の日」と定め、来月から実施する。一斉消毒を通じて農家の防疫意識を高めることで、口蹄疫ウイルスをはじめ各疾病が入りにくいクリーンな産地づくりを目指す。

 当日はNOSAIの獣医師らの指導の下、各農場の一斉消毒を実施。後日、県内の各家畜保健衛生所(家保)の家畜防疫員が農家を巡回し、車両消毒や消毒槽の設置の有無などを確認する。また、県は農場に行く機会の多い家保や農林振興局の職員に対し、日常から農家に消毒を呼び掛けるよう求める。

 来月実施へ向け今後、パンフレットなどを農家に配布して周知していくという。

 県は10年前の口蹄疫発生を受け、毎年2月を家畜防疫強化月間と定めて防疫指導を行ってきた。県畜産課の児玉州男課長は「教訓を生かせず、防疫指導が徹底できていなかったことが今回の口蹄疫の原因になった可能性がある。二度と発生させないよう、農家には防疫意識を徹底してもらいたい」と話している


口蹄疫、失って得たものは 川南の若手養豚農家の再挑戦
2010年9月27日  asahi.com


 川南町の運動公園内に設けられたステージ。まだ夏のような日差しが照りつけるなか、同町で養豚業を営む日高義暢(よしのぶ)さん(31)は、周囲を慌ただしく動き回っていた。

 26日に開かれた口蹄疫(こうていえき)からの復興イベント「We Love かわみなみ~負けるもんか開拓魂」を企画・運営した「川南町若者連絡協議会」の1人。ステージ上のバンド演奏やテレビ中継の調整役をこなしながら、時にはマイクで「車の移動をお願いします」と呼びかける。迷子になった子どもを抱え、自らステージに上がって親も探した。

 「忙しい、忙しい」。思わず口をついて出る。そんな日高さんたち裏方の奮闘で、会場に詰めかけた人々は、音楽を聴いたり、屋台の食べ物を食べたり、休日のひとときを思い思いに楽しんだ。

 イベントが開催できるようになり、ようやく笑顔が戻りつつあるこの地域を悲劇が襲ったのは、まだ暑い夏が来る前のことだった。口蹄疫の1例目が4月20日に都農町で確認されて以降、感染は収まるどころかどんどん南の川南町へと拡大。5月には、1日の発生が10件を超えるようになっていた。

 7千頭近くの豚を飼っていた日高さんの農場「協同ファーム」では、徹底した消毒を続けていた。豚たちの体調がよくなり、えさもよく食べるようになったほどだった。だが、5月半ば、鼻に水疱(すいほう)のある豚が見つかった。「あらゆることをやってみたが、口蹄疫にはかなわなかった……」。それほど強い伝染病だった。

 殺処分は2週間ほど後の5月31日。この間、多いときには1日で100頭も子豚が死んだ。動けない体で、足を血だらけにしながら、母乳を探し求める子豚。「早く楽にさせてあげたい」。そんな思いにかられるほど悲惨な光景を目の当たりにした。そうして迎えた殺処分の日。覚悟を決め、淡々と作業を手伝った。

 壮絶な日々が過ぎ、季節は秋に変わった今も、日高さんは作業着を着て畜舎を動き回っている。最近は従業員とともに豚舎の溶接や洗浄に追われた。「自分たちで子豚の畜舎の部品を作ってます。(会社名が)『協同ファーム』じゃなくて『協同鉄工』ですよ」。頭に巻いていたタオルを取り、笑う。

 再開目標は11月。今月16日には空っぽになった豚舎に、ウイルスがいないかどうかを確認するための観察牛を2頭入れた。

 日高さんは、地域の若手養豚農家や獣医師らで8月19日に発足させた「新生養豚プロジェクト協議会」のメンバーでもある。「口蹄疫と闘った日々を忘れないためにも、ハードルを上げた防疫体制をつくりたい」といい、伝染病の病原体を持たない豚の導入や、各農場の防疫レベルの向上を目指す。

 そんな若者たちの姿は、今月17日に川南町であった日本養豚協会からのお見舞金の贈呈式で、協会幹部や地元の首長、国会議員らが並ぶなか、「これからを担う若手たちです」と起立を求められて紹介されるほど注目されている。

 日高さんたちの目標は、日本一クリーンな産地。自身の農場でも今後、農場の入り口付近に、車両全体に消毒液をかける装置などを整備するつもりだという。

 経営を再開し、以前のように豚を出荷し始めるのは、来年の10月ごろになりそうだ。その頃までには加工場も造りたいと思っている。口蹄疫発生前に始めたばかりだったオリジナルブランド「まるみ豚」と、行列ができるほどの人気だった豚肉ハンバーガーも、また販売したい。「失って得るものはいっぱいある」。そんな言葉を胸に、日々を刻んでいる。(石田一光)

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