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2010/08/02

口蹄疫・宮崎日日新聞【検証口蹄疫】第1部(4)~(7)

【連載企画】検証口蹄疫・第1部(4)

(2010年7月30日付)

■10年前の経験防疫対策から漏れる

 「(検査態勢は)10年たって何も変わらなかった」。国内92年ぶりの発生となった前回2000年の1例目を「口蹄疫では」と通報し、早期発見に貢献した宮崎市高岡町の獣医師舛田利弘さん(66)は、今回の爆発的感染を苦い思いで見守るしかなかった。

 前回も今回も、国内で口蹄疫の最終判定を下す検査機関は動物衛生研究所海外病研究施設(動衛研・東京都)だけ。舛田さんのような地方の開業獣医師にとっては、県の家畜保健衛生所より、さらに距離を感じる存在だ。動衛研が乗り出す事案は、結果いかんで国家的危機に発展する。動衛研を巻き込むことは「ものすごく高い跳び箱を越えるようなもの」と、心理的な抵抗感を隠さない。

  ■     ■

 00年3月12日、舛田さんは宮崎市で牛10頭を肥育する農家から「牛が風邪をひいた」と連絡を受け、往診した。1頭に発熱と食欲不振。風邪として投薬治療を行った。最も警戒すべき家畜伝染病の口蹄疫だとは頭になかった。

 診察を連日繰り返す中で徐々に、症状の広がり方に疑問を抱くようになった。「10頭規模の飼育で風邪なら、患畜は成牛で3頭くらい。しかも隣の牛からうつる」。しかし、離れた牛に発熱、鼻腔(びくう)内のただれと、症状は不規則に広がっていた。

 症状も風邪と符合しない。「せきが出るはずなのに、なかった」。文献を調べ「口蹄疫では」と、疑念が確信へと変わっていく。一度も診たことはないが「あらゆる伝染病を疑うのが獣医師の仕事」と家畜保健衛生所への通報を決意した。渋る農家を「放置すると大変」と説き伏せ、21日に通報。動衛研の検査で3日後に疑似患畜と判明した。

  ■     ■

 前回発生の4例では、所見から口蹄疫を発見したのは舛田さんだけ。残り3例は、飼料や人の行き来など疫学的に関連のある農場を拾い出し、動衛研が発見した。舛田さんは的確な診断と早期発見をたたえられ、知事や農相から表彰を受けた。

 しかし、03年に策定した県の防疫マニュアルに唯一の発見者の経験は盛り込まれていない。聞き取り調査など、県から何の接触もないまま、マニュアルはほかの獣医師と同じく郵送で届いた。典型症状として、水疱(すいほう)や流涎(りゅうぜん=多量のよだれ)の記述が並ぶ。「古い教科書を参考にしたのか」。舛田さんはいぶかった。

 帝京科学大生命環境学部の村上洋介教授(動物ウイルス学)は「ウイルス量が少ない(発生)初期は明瞭(めいりょう)な症状を示さない可能性がある」と早期発見の難しさを指摘する。それだけに、舛田さんの経験や判断は貴重だったはずだが、それが生かされることはなかった。

 検査機関に通報する心理的な重圧や教科書にない初期症状―。舛田さんの懸念は早期終息という成功体験の陰に隠れたまま10年後を迎えた。

 
【連載企画】検証口蹄疫・第1部(5)

(2010年7月31日付)

■獣医師と教育現場 急がれる次世代育成

 「パッと終わった。強く印象に残ってないな」。西都市の50代の開業獣医師は、2000年に本県を襲った口蹄疫をこう振り返り、発生時に抱いていた危機感が急速に薄れたことを認める。

 前回発生から10年。獣医師は「家畜の病気は口蹄疫だけではない。国内でまん延している寄生虫病の対応など、目の前の問題しか頭になかった」と続けた。1月に韓国、中国で相次いで口蹄疫が発生したことは知っていたが、具体的な対策は講じなかった。

 獣医師の多忙さが、口蹄疫対策を阻んでいるという現実もある。

 家畜や農業作物の災害補償を行う県農業共済組合連合会によると、県内の牛や豚など産業動物を診療する獣医師は年々減少。10年前、県内全体で約80人いた産業動物専門の開業獣医師は高齢化などの影響で、昨年は50人程度にまで減った。一方で家畜の飼育頭数は増加しており、獣医師不足は一層顕著になってきたという。

 同連合会の担当者は「現在の数では、防疫と診療の両立は難しい」。10年前の発生を教訓とするどころか、切迫した人員体制が、農家に対する防疫指導の徹底をより困難にしていた。

    ■   ■

 次世代の獣医師の育成や、危機管理の教育などを担う宮崎大も、10年前の発生を生かし切れないでいた。

 口蹄疫の影響の大きさを痛感した同大学は、5年ほど前から産業動物の感染症に強い学生を育てるための教育プログラムを強化。全国トップレベルの研究施設をつくり口蹄疫のほか、医学と獣医学を融合し、牛海綿状脳症(BSE)などヒトと動物の共通感染症の研究を進める。

 しかし、研究の充実のため教授陣が求めた「口蹄疫ウイルスの学内での取り扱い」について、国は「ウイルスが流出したら、経済的影響が大きい」と首を縦に振らなかった。

 原田宏副学長は「10年前の発生を教訓に、口蹄疫の研究を深め、教育につなげたかった」とジレンマを語る。

    ■    ■

 国内で口蹄疫ウイルスを扱っている機関は、動物衛生研究所海外病研究施設(動衛研・東京都)だけ。

 東京農工大農学部の白井淳資教授(獣医伝染病学)も「大学での研究を認め、口蹄疫研究の水準を上げるべきだ。研究材料を遺伝子に限定すれば、感染の恐れはない」と訴える。教育現場で口蹄疫の知識が広まれば、獣医師の危機意識も持続することが期待できたとも考える。

 白井教授は、10年前から変わらず口蹄疫の感染状態を調べる遺伝子検査が動衛研でしか行えないことに触れ、「国は大規模農家に感染することを想定し、現場の獣医師と距離が近い各都道府県の家畜保健衛生所で検査できる体制を整えておくべきだった」と、獣医師を生かした仕組みが必要だったと強く説いた


【連載企画】検証口蹄疫 第一部(6)

(2010年8月1日付)

■迅速に検体送付せず心に余裕あった

 初動の遅れが指摘される口蹄疫問題だが、獣医師から県への1例目の通報は10年前の前回発生時より早く、初診から3日目になされていた。

 都農町の開業獣医師青木淳一さん(38)が町内にある山中の繁殖牛農場を訪ねたのは4月7日。1頭に微熱と少量のよだれ、食欲不振があったが、口の中に異常はなかった。

 青木さんがわずかな症状の異常に不安を抱き、宮崎家畜保健衛生所(家保)へ一報を入れたのは9日。熱は平熱に下がったが、食欲不振と少量のよだれが続き、上唇の内側に直径3ミリの潰瘍(かいよう)と皮膚の隆起があった。

 ■ ■

 しかし、県は10年前のように動物衛生研究所海外病研究施設(動衛研・東京都)に検体を送らなかった。農林水産省内には「検査依頼という選択肢もあった」と対応を問題視する声は根強い

 これに対し、県畜産課の岩崎充祐家畜防疫対策監は「前回は10頭にあった症状が、今回は1頭。写真で確認したが症状も軽い。状況が違う」と反論する。

 動衛研によると、農水省を通じた口蹄疫の検査依頼は年間わずか1、2件。本県は前回発生から10年間、依頼していない。岩崎対策監は「今回もためらいがあったわけではない。ただ、何でもかんでも(検査のための検体を)送るわけにもいかない」と語る。

 結局、県は別の牛に発熱や多量のよだれが見つかった4月17日に検体を採取、口蹄疫以外の病気の検査を終えた19日夜に検体を送付した。青木さんの1回目の通報から10日間が経過していた。

 県内のある獣医師は「4月9日の時点で、何の病気か突き詰める検査をしていればという思いはある」と、県の判断を残念がる。

 青木さんは「臨床獣医師は誰しも(何の病気か)診断をつけるというプライドがある。ある程度確信を持てるまで家保に相談するには抵抗感があるし、家保も動衛研に距離を感じているのだと思う」と話す。

 岩崎対策監も「軽い気持ちで検体を送付できる体制づくりは必要だ」と認める。

 ■ ■

 4月20日、1例目発生の会見に臨んだ県側は早期終息に自信をみせ、青木さんも「封じ込めは可能」と考えていた。車の通行量が少ない山中の農場。封じ込めには最適だった。ただ、その思いは翌日以降の泥沼的な感染拡大で砕かれることになる。

 岩崎対策監は「県には、まん延しているとの認識はなかった」と当時を振り返る。

 典型的ではない症状を根拠に見送られた国への通報、1例目発見時点でのまん延、10年前の経験を念頭に単発での発生を想定した初動防疫。ある獣医師は「いくつかの思い込みが足を引っ張った。口蹄疫はこうだと型にはめて見るのではなく、現場で柔軟な発想をすることが大事だと思う」と話した。


追記(6)で終わりかと思っていたら、第一部の最後は(7)だったようだ。
【連載企画】検証口蹄疫・第1部(7)
(2010年8月3日付)

■発見遅れた6例目 早期終息前提崩れる

 発生4日目を迎えた4月23日、1例目の農場より早い段階で口蹄疫に感染したと疑われる農場(6例目)が判明した。ウイルスは防疫措置の開始より、少なくとも3週間も前から侵入していたことになる。前回発生の経験から、迅速な発見を前提としていた早期終息のシナリオは狂いが生じ始めていた。

 高鍋町の獣医師池亀康雄さん(61)は3月26日、都農町の水牛農場で2頭に微熱を確認。30日には異常牛が10頭に増えたため、翌31日に家畜保健衛生所(家保)に立ち入り検査を依頼した。よだれや水疱(すいほう)といった口蹄疫の典型症状はなく、確認できたのは軟便や乳量低下。家保は下痢を起こす病原体を疑ったが検査は陰性だった。

 4月14日に2度目の立ち入り検査をしたが結果を知らされないまま迎えた20日、直線距離わずか600メートルの農場で口蹄疫1例目が確認された。「熱と食欲不振の症状が同じ」。農場主と池亀さんに不安がよぎり、3度目の立ち入り検査を家保に依頼した。22日採取の検体は遺伝子検査で陰性だったが、3月31日の検体を調べたところ陽性。水牛は感染後、既に快方に向かっていることを意味した。

  
■    ■


 農林水産省の疫学調査チームは7月23日、ウイルスが3月中旬に侵入していたと発見の遅れを暗に指摘した。池亀さんは「水牛は角が大きく人慣れしていない。口の中を診るのも困難」と不満をにじませる。「2度目の検査で、似た症状の牛がいないか家保に尋ねたら『いない』との回答だった。既に1例目の異常は分かっていたはず。教えてくれていたら対処の仕方はあった」と無念でならない。

 帝京科学大生命環境学部の村上洋介教授(動物ウイルス学)は「アフリカ水牛は比較的詳しく研究されているが、チーズを生産する用途のアジア水牛は全く別の種類。症状の出方は牛に近いとされるが報告が少ない。また、下痢は文献でも見たことがない」と不可抗力を強調。「関係者は責められない」と語る。

  
■    ■


 想定を超える事態に4月25日の大規模農場(川南町、牛725頭)での発生が追い打ちを掛け、前回の経験に基づいた初動防疫に対する県の自信は揺らぎ始めた。この日、緊急招集された県防疫対策本部会議で東国原知事は「10年前の経験が通用しないところに来ている」と発言。県幹部は「もぐらたたきの状態」と防疫措置が後手に回りつつある状況を認めた。同日、県は県外獣医師の派遣要請を決め、県単独の防疫は1週間もたたずに限界を迎えた。

 県畜産課の岩崎充祐家畜防疫対策監は「一件一件を迅速につぶしていけば、封じ込められると考えていた」と、当時を振り返る。しかし、発見の遅れを取り戻す打開策を見いだせないまま、既に感染の炎は関係者が恐れた「豚」へと及んでいた。
=第1部おわり=


アンダーラインは山崎

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