山崎畜産HP

ランキング参加中

無料ブログはココログ

« 防疫 | トップページ | 口蹄疫・7例目 マスコミ報道他 4/25 »

2010/04/24

口蹄疫:何があったか忘れないために

10年前(2000年3月12日発生)にも口蹄疫を経験している。
覚えているのは移動制限にかかったため(野尻町は東西に細長い町なのだが東の端が20kmにかかり、町全体に移動制限の措置がとられた。我が家は発生地から30km以上離れていたのだけど)出荷が出来ず苦労した事ぐらいで、県や町の対応がどのようなものだったかに関しては、まるで覚えていないのだ。

他に覚えている事と言えば・・・

・国道に車を消毒するポイントができた
・子牛の競り市が再開された時に、400kgを超した去勢牛がたくさんいた
・殆ど外出しなかった
・連日ニュースやワイドショーで口蹄疫について騒いでいた
・牛肉離れが起こり「宮崎産ではありません」とわざわざ表示した店があった

こんなもんである。
肝心の発生から終息にいたる過程はもちろん、終息後の子牛価格や枝肉の相場がどうだったのかとか、政府からの補助などはあったのかなどについては、全く覚えていない。


今回は少しでも、どんな事があったのか記録しておきたいと思う。
マスコミ等の報道をブログに貼っているのも備忘録の代わりみたいなもので、重複する内容の物は避け新しい事実が出てきたニュースを中心にしている。


とりあえず、昨日~今日

23日午前9時半ごろ
宮崎県家畜保険衛生所から聞き取り調査のための電話があった。
・牛舎の場所の確認
・牛の健康状態
・餌について  など

24日
小林市から消毒薬の配布(野尻町支所に取りに行く)
・ビルコンS、炭酸ソーダ
・家畜防疫のため農場に立入り禁止 の看板
 (A3版の紙をラミネート加工したもの)

25日0時をもって家畜の人工授精を停止する旨の通達

« 防疫 | トップページ | 口蹄疫・7例目 マスコミ報道他 4/25 »

口蹄疫関連」カテゴリの記事

コメント

来月予定していた帰省を諦めました
というのも、実家が高鍋町にあり2例目の所から5kmも離れてなく
おまけに昨日実家に消毒液が配布されたとの連絡を受けました。
知らない振りして帰ればとも思いましたが…職場は牛や豚を扱う所であり、
生産者との接点が全く無いと言える場所ではありません。
万が一にも自分が感染拡大の原因となる事は避けるべきだと判断しました。

1例目が確定判断され6例目まで出ている現状は、私にはどうしようも無く
名古屋の地からでは、速やかな終息を祈る事しか出来無い事をお許しください。

授精師も活動停止になり、なかなかきついトコです。
しかし、防疫には全力を尽くしたいと思ってます。
みんなで力を合わせるときですよね!!

YOSHIさん

畜産農家の心情としては 帰省取りやめていただいて
よかったと思います。 楽しみにされていたと思いますけど
高鍋には 宮崎県の種雄牛が集中管理されている
家畜改良事業団もあります ここへの感染だけは何としても
防がなくてはなりません。

COWBOYさん

めったにとれない休みが取れるって 喜んでる場合じゃないです
ね 収入もなくなるでしょうし、本当に早く終息してほしいです。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 口蹄疫:何があったか忘れないために:

« 防疫 | トップページ | 口蹄疫・7例目 マスコミ報道他 4/25 »

2019年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

ブクログ

  • ブクログ

ブログパーツ

  • 3月31日まで投票できます

  • ジオターゲティング